澤井陽介×加藤寿朗『見方・考え方[社会科編]』

久々の投稿。社会科教員としてこれからの時代に向け、生徒などのような資質・能力を育んでいくのかという方向性を知りたくて手に取った一冊。

 

社会科で身につけたい見方・考え方は大雑把にいうと3つである。①位置や空間的な広がり②時期や時間の経過③事象や人々の相互関係に着目して社会的事象を捉え、比較・分類したり、そうごうしたり、地域の人々や国民の生活と関連づけたりすること。

中学校社会科で言えば①が地理、②が歴史、③は公民が中心となる。ただし、あくまで中心となるだけで、地理で時間の経過について扱う方もあれば、歴史で人々の相互関係について扱うこともある。領域をまたいでの交流が鍵となる。

 

このような大まかな見方・考え方の中にさらに細かく見方・考え方が包括されている。

例えば歴史であれば、時期や推移、類似や差異、因果関係などの視点が挙げられる。

 

ただぶっちゃけこんな言葉ばかり言われてもよくわからない!笑 と、思っていたが、見方・考え方を育てるために、やることはシンプル。

「問いを示す」ことである。

 

例えば推移であれば、「前の時代とどのように変わったか」などという問いで学習の方向性を示す。そうすることで時代の推移に着目しやすくなる。

 

では、なぜ問いが見方・考え方を育てる事に繋がるのか。それは問いによって知識と知識が結びつき、概念化するからである。

 

そういえば、ついこの間、授業で問いづくりをやった時の生徒の振り返りにも同じことが書いてあった。

 

「質問を考えているうちに質問と質問がつながって新しい質問とか新しい考え方ができる。」

 

問いが知識と知識につながりを与えるというのは学習者が一番感じていることかもしれないなぁ。

 

また、本著には得させたい物によって質問の質を変えることで学習の方向性をコントロールできることも示されている。(あくまで使い方次第だけど…問いを与えすぎることで学びのコントローラーを奪うこともできそう…)

 

知識を収集したり、事実を確認したりする俗にいう「基礎的・基本的知識の習得」に働きかける問いは「どのようになっているか」などの質問が当てはまる。これは本著によると「社会の知り方」がわかる発問だそう。

 

事象の相互関係や意味、特色を考えるためには「なぜ、特色は何か」という問いが当てはまる。これは「社会のわかり方」がわかる発問。

 

社会の問題についての考えや解決の方法・方策などに対する判断などに働きかけるためには「どうしたら良いか」という問いが当てはまる。これは「社会の関わり方」がわかる発問。

 

このような発問を組み合わせることで見方・考え方に深まりを出すことができる。

 

ちょうど最近の実践で「8代目執権の北条時宗フビライハンからの手紙に書かれている要求を拒んだ。この判断は正しかったか?」という発問で価値判断に迫った。これは社会との関わり方がわかるようになる発問の一つだったのだと思う。

こういう知識の枠組みを知ると自分の実践を振り返る時の視点が広がる。だから理論とか概念を学ぶ必要性があるのだと再実感した。

いつかYが言っていた「理論は枠組み」という言葉を思い出す今日この頃。

 

ただし、問いを与えたからと言って見方・考え方に働きかけられるわけではない。生徒の中に問いをおこす必要がある。

 

本著では宇佐美寛氏の文献を引用して、「情報が受けとり手の『概念網』と矛盾するような質のものであるとき、問題は生じる」「ある情報を受け取ったことから問題を把握するためには、受けとり手がもっている情報のプールが必要」であると示している。

見方・考え方を働かせるためには問いが必要。問いを生かすためには学習者の『概念網』を把握すること、そして問題を発見できる程度の情報量が必要である。

情報量を得させるためには先述の問いの質を使い分けることで可能になるのではないだろうか。

 

授業改善の視点を与えてくれた一冊だった。

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