服部英雄『蒙古襲来と神風』

これも昨日の忘年会でオススメしてもらった一冊。

先週ちょうど蒙古襲来について授業をしたばかりだったので、知識を深めるために手に取った。

 

本著では全体的に従来の蒙古襲来に対する歴史観を批判しながら進んでいく。

 

まず元軍が日本を襲撃した目的について。そもそも海外との交易自体、国内で得られないもの(不足しているもの)を手に入れることを目的とする場合が多い。かつて日宋貿易においては、日本は宋銭を得るために、宋は日本から硫黄を得るために貿易をしていた。しかし、日本から輸出されていた硫黄は大陸での戦争の引き金にもなっていた。硫黄は火薬の材料にもなる。宋にとっては貴重な軍事資源になり、敵国にとっては脅威になる。

 

元の支配における最終目標である宋の支配だと著者は言う。そこで宋軍の戦力向上に一役買っている日本の硫黄輸出を食い止める必要がある。また、日本を属国とすることで硫黄を手に入れることができれば元の勢力拡大の後押しとなりうる。

つまり蒙古襲来の本質は資源戦争だったのだと著者は示している。

 

このような感じで社会情勢と時代の推移を関連づけて記述されている点がとても魅力的。ただ、インプットとアウトプットのしすぎで頭が痛くなってきたのでこの辺で終えようと思う。笑

 

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河合雅司『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』

昨日の忘年会でオススメしてもらった一冊。これからの日本がどうなって行くのか知りたくて手に取ったが、なかなか刺激的。

 

少子化高齢化について聞いたことがない人はいないと思う。ただ、その実態の詳細まで語れる人はそうそういないのではないだろうか?

 

私は教員として「目の前の生徒たちが社会で活躍していけるような力を育てる!!」と意気込んで日々の仕事に臨んでいる。しかし私の考えている「社会」と生徒たちが生きて行く「社会」にはおそらく大きなズレがある。

 

今、私が想定している社会は現在の社会の延長線上にある社会である。今ある日常が続くわけがないとわかりながらも今ある日常で活躍する生徒を育てようとしていた自分がどこかにいる。

 

では生徒たちが進んで行く社会には何が待っているのか?そんなことを昨日参加したClassiが運営している『実践アクティブラーニングワークショップ』にて痛感した。

 

求められる力が変わってきたのはわかる。では求められる力が変わってきた背景にある社会の変化は?その答えを知るためにこの本を手に取った。

 

人口減少に伴い、これからの日本が直面する課題は大きく整理すると4つに分けられる。第一に出生率の減少。第二に高齢者の激増。第三に社会の支えての不足。第四に彼らが互いに絡み合って起こる人口減少。

本著で取り上げられている問題は大きくこの四つである。(ただし、本著の内容以外にもAIや財政、移民など数々の問題があるので、考えなければいけない要素は膨大である…)

 

では、実際には人口減少はどのように進んで行くのだろうか。

2015年の国勢調査によると日本の人口は1億2709万5000人だった。これは5年前の調査と比べ、96万3000人の減少である。年平均19万人以上もの減少が見られる。

 

かなり長期的な視点で人口減少の統計をたどってみると40年後には人口は9000万人を下回り、100年後には5000万人ほどになる。さらに長い目で見ると200年後には1380万人、300年後には450万人だという。さらに言えば西暦3000年には日本の人口は2000人にまで減るというのだから驚きだ。(あくまで統計上)

 

ただし、統計とは言っても合計特殊出生率の増加が見込まない以上、少子化は喰い止めようがない。また、医療技術の発展による平均寿命の向上と晩婚化の影響により、ダブルケア(介護と育児の両負担)の問題も生じ、一層子育てしにくい環境がつくられる。

 

また、15〜49歳以下の出産可能年齢とされている層の人口が減少している以上合計特殊出生率の増加を目指した政策だけでは少子化対策とはなり得ない。考えれば考えるほど、「どのように人口減少を食い止めるか」ではなく「どのように人口減少して行く社会と向き合うか」という問いをもって生きて行くしかないのではないかと思う。

 

では、人口減少が引き起こす主な問題をリストアップしていこう。

 

2017年おばあちゃん大国に変化

→性別による平均寿命の差異により、女性高齢者の割合が増加。この世代の女性高齢者は労働についていない場合が多く、社会保障の財源に大きな課題が生じる。

 

2018年国立大学が倒産の危機に

→地方の18歳人口の減少により地方国立大学が倒産の危機に陥る。

 

2019年IT技術者が不足し始め、技術大国の地位が揺らぐ

 

2020年女性の2人に1人が50歳以上に

社会保障少子化の二つの課題がさらに進む。また、離婚や配偶者との死別などによる世帯数の増加による介護の必要性の増加なども挙げられる。

 

2021年介護離職が大量発生する

→先述のダブルケアや要介護の増加。制度や慣習などの理由により、介護休暇が取りにくい日本では介護を理由として離職が増加し始める可能性が高い。

 

2022年ひとり暮らし社会が本格化する

→人口減少にもかかわらず世帯数は増加する。理由は単身者の増加と離婚の増加、あとは高齢化、長寿化による配偶者との死別後の期間が長期化するためである。社会保障や介護などの負担が増加するものの、介護施設や制度の整備が整わず、問題が生じる可能性大。

 

※1988年には人口は1000人あたりの離婚率は1.26だったものの、2002年には2.30になっている。2016年には1.73と落ち着いたものの、3組に1組は離婚している計算になる、

 

2023年企業の人件費がピークを迎え、経営を苦しめる

→50代人口がピークを迎え、人件費が増大。

 

2024年3人に1人が65歳以上の超・高齢者大国へ

→ダブルケアの問題が深刻化。子育てしながら介護って相当大変だろうな…

 

2025年ついに東京都も人口減少へ

→人口減少に苦しむのは地方!という都市伝説が崩れ始める。地方から出稼ぎに来た人たちが東京へと介護が必要となった家族を呼ぶ。現在の東京都の人口増加は出生率のの増加ではなく、地方からの流入に支えられている。現在の恩恵が未来の懸念材料へと転換される。東京の医療施設・介護施設は不足し、必要な支援を受けられない高齢者が増加する。

 

2026年認知症患者が700万人規模に

 

2027年輸血用血液が不足する

→個人的にこれはかなりの衝撃。怪我をした際に輸血用血液が必要になるものだとばかり思ったいたが、緊急手術などで使用されている輸血用血液は約3.5%だけだという。約80%はガンや心臓病、白血病などの治療に使われている。とりわけガンの治療には約40%の輸血用血液が使用されている。とりわけガンによる死亡率が高い日本では高齢者が増え、ガン治療の必要性が増すようになると輸血用血液の不足は大きな社会問題になる。

 

2030年百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える

2033年全国の住宅の3戸に1戸は空き家になる

2035年未婚大国が誕生する

2039年深刻な火葬場不足に陥る

2040年自治体の半数が消滅の危機に

2042年高齢者人口が約4000万人とピークに

2045年東京都民の3人にに1人が高齢者に

社会保障の増加と労働人口の減少のダブルパンチ!!

 

2050年世界的な食料争奪戦に巻き込まれる

→食料自給率が低い日本。実質的な水の大量輸入国日本の未来はいかに?

 

2065年〜外国人が無人の国土を占拠する

 

一通り問題点をリストアップしたものの、書いているうちにだんだんと恐ろしくなって来た…

 

本著では問題の指摘ばかりではなく、改善策、課題案の提示もしている。

その辺りは是非本著を手に取り、読んでいただけたらと思う。

 

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澤井陽介×加藤寿朗『見方・考え方[社会科編]』

久々の投稿。社会科教員としてこれからの時代に向け、生徒などのような資質・能力を育んでいくのかという方向性を知りたくて手に取った一冊。

 

社会科で身につけたい見方・考え方は大雑把にいうと3つである。①位置や空間的な広がり②時期や時間の経過③事象や人々の相互関係に着目して社会的事象を捉え、比較・分類したり、そうごうしたり、地域の人々や国民の生活と関連づけたりすること。

中学校社会科で言えば①が地理、②が歴史、③は公民が中心となる。ただし、あくまで中心となるだけで、地理で時間の経過について扱う方もあれば、歴史で人々の相互関係について扱うこともある。領域をまたいでの交流が鍵となる。

 

このような大まかな見方・考え方の中にさらに細かく見方・考え方が包括されている。

例えば歴史であれば、時期や推移、類似や差異、因果関係などの視点が挙げられる。

 

ただぶっちゃけこんな言葉ばかり言われてもよくわからない!笑 と、思っていたが、見方・考え方を育てるために、やることはシンプル。

「問いを示す」ことである。

 

例えば推移であれば、「前の時代とどのように変わったか」などという問いで学習の方向性を示す。そうすることで時代の推移に着目しやすくなる。

 

では、なぜ問いが見方・考え方を育てる事に繋がるのか。それは問いによって知識と知識が結びつき、概念化するからである。

 

そういえば、ついこの間、授業で問いづくりをやった時の生徒の振り返りにも同じことが書いてあった。

 

「質問を考えているうちに質問と質問がつながって新しい質問とか新しい考え方ができる。」

 

問いが知識と知識につながりを与えるというのは学習者が一番感じていることかもしれないなぁ。

 

また、本著には得させたい物によって質問の質を変えることで学習の方向性をコントロールできることも示されている。(あくまで使い方次第だけど…問いを与えすぎることで学びのコントローラーを奪うこともできそう…)

 

知識を収集したり、事実を確認したりする俗にいう「基礎的・基本的知識の習得」に働きかける問いは「どのようになっているか」などの質問が当てはまる。これは本著によると「社会の知り方」がわかる発問だそう。

 

事象の相互関係や意味、特色を考えるためには「なぜ、特色は何か」という問いが当てはまる。これは「社会のわかり方」がわかる発問。

 

社会の問題についての考えや解決の方法・方策などに対する判断などに働きかけるためには「どうしたら良いか」という問いが当てはまる。これは「社会の関わり方」がわかる発問。

 

このような発問を組み合わせることで見方・考え方に深まりを出すことができる。

 

ちょうど最近の実践で「8代目執権の北条時宗フビライハンからの手紙に書かれている要求を拒んだ。この判断は正しかったか?」という発問で価値判断に迫った。これは社会との関わり方がわかるようになる発問の一つだったのだと思う。

こういう知識の枠組みを知ると自分の実践を振り返る時の視点が広がる。だから理論とか概念を学ぶ必要性があるのだと再実感した。

いつかYが言っていた「理論は枠組み」という言葉を思い出す今日この頃。

 

ただし、問いを与えたからと言って見方・考え方に働きかけられるわけではない。生徒の中に問いをおこす必要がある。

 

本著では宇佐美寛氏の文献を引用して、「情報が受けとり手の『概念網』と矛盾するような質のものであるとき、問題は生じる」「ある情報を受け取ったことから問題を把握するためには、受けとり手がもっている情報のプールが必要」であると示している。

見方・考え方を働かせるためには問いが必要。問いを生かすためには学習者の『概念網』を把握すること、そして問題を発見できる程度の情報量が必要である。

情報量を得させるためには先述の問いの質を使い分けることで可能になるのではないだろうか。

 

授業改善の視点を与えてくれた一冊だった。

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『「世界史」で読み解けば日本史がわかる』神野正史

著者がテーマに上げている「多面的に見る」をまさに体現した一冊。日本起きた歴史的事象と世界で起きた歴史的事象の関連についてを多方面から分析している。

 

なかなか面白かった一冊。

『Theこども理解』長瀬拓也編

こども理解を深めるための視点を得るために手を伸ばした一冊。複数の教育関係者での共著ということもあり、様々な視点からこども理解について書かれている。

 

読み進めていくと石川晋さんの記述もあった。石川さんの執筆部分を読むと「僕は子どもは理解できないものだと思っている。そもそも誰かが誰かを理解するということは基本的には無理なのだと考えている。」という本著の趣旨を揺るがすような提案が!

しかしその後の記述には「この当たり前を前提として、それでも相手のことをどこまで知る事ができるだらうかと考え続ける事が子ども理解という営みそのものなのだ」と書かれていてハッとした。わからないからこそ少しでも理解するために相手をわかろうとする。この繰り返しで少しでも多く相手を理解できるようにしていくのが子ども理解の目指す方向性なのだと思う。

 

では子ども理解をいかに進めていくか。そのためにできそうなアイデアがいくつか記載されていたので取り上げたい。

 

まず、向山氏が提唱していた「毎日一人ひとりの言動を思い返す」ことである。一人ひとりの言動を思い出せるということは子どもを見ている証である。まずはここが一歩目である。

次に、子どもが帰った後の教室で一人ひとりの座席を見ながら今日一人ひとりに合った出来事を思い出し、書き出すというものである。現状の学校において時間的制約がかなりあるものの、有効な手立てだと感じる。

さらに、子ども理解に関する技術を学ぶことである。「医師が医師として相手を理解するとは、秋の仕事の専門性において理解することなのである。」「教師が子どもを理解しようとするのも、教師の仕事の専門性において理解するのである。だから、理解できる技術を習得するまでには当然時間がかかる。ところが「子どもを理解しよう」という意欲さえあれば、それですぐ理解できると思っている方がほとんどなのである。」という一文にはハッとさせられた。理解しようとする心持ちは素晴らしいがその営みは技術である。技術を習得するためな子ども理解に関する理論や実践から学ぶほかない。今後するべきは子ども理解にかかる時間を増やすことと子ども理解に関する知識や技術を学ぶことだという事が見えてきた。

『みんなで取り組む『学び合い』入門 スムーズな導入ステップ』西川純

『学び合い』6冊目。

本著は学び合いの導入に向けて障害となりうるものをいかに取り除くかな焦点を当てた実践本。

 

子どものために『学び合い』を推し進めているはずなのに障害となるのは保護者や同僚、校長といった大人ばかりなのはどういったものだろうか。

 

反発を受けずにいかに強かに子どものためになる教育を進めるかを考えさせる一冊。

なお本著で書かれていることは『学び合い』に限らず、新しい取り組みや既存の枠組みから外れたことをやろうとするときには有効だと感じる。

『簡単で確実に伸びる学力向上テクニック入門 会話形式でわかる『学び合い』テクニック』西川純

『学び合い』関係の本だと5冊目。

 

学力について問いただしている一冊。学力を本気で上げるための策の一つとして『学び合い』を提唱している。

本著での学力の捉え方は一つのツールなのだと思う。教育の目的である「人格の完成」に向けてツールとして学力が存在する。学力を獲得する過程で人格が完成して行くという捉え方なのかなぁ。

 

では学力とは何か。これは国際調査に基づき述べられている。「話が面白くて人のために泣いたら喜んだらできて、誰かと一緒に成功することができる人」(確かこんな感じ)が賢い人だと西川氏は述べている。これは大人を対象にした調査の結果による一つの解答である。これこそが学力が身についた状態なのであるから子どもにもこの力を身につけようというのが西川氏の学力観。

 

うーん、あんまりしっくりこない。これよりも奈須先生の教科特有の見方・考え方を提唱している学力観の方がしっくりくる。教科特有のレンズで事象を観れるようになるのが僕のしっくりくる学力観。

社会科だったら経済や政治、文化や時代背景、気候や地形など様々な側面から考えるだけでなく、国政や市民、国際といった視点から世の中を分析し、既存の改善策に自分なりの私見を加えた改善案を提案できる力をつけることが社会科の学力をつけるということなんだと思う。

 

ただ西川氏のいう子どもの4分類はしっくりくる。授業内容を①事前に分かっている生徒②説明されるよりも自分で参考書とかを使った方が学びやすい生徒③教わった方が理解できる生徒④教師に教わっても理解できない生徒の4分類に分けられる。この分類が学術的に証明されている以上、従来の一斉講義には限界がある。そこで提唱されているのが『学び合い』なのだ。

 

学力観を見つめ直せたことと4分類で生徒理解をしてみることがまず一歩目かなぁ。自分が育てたい学力観を育成できる授業をするためにこの4分類を頭に留めておくことは超重要!収穫があった一冊だった。